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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)55号 判決

一 請求の原因事実中、原告が特許権者である本件発明について、特許無効の審判請求から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、右審決の取消事由の有無について考察する。

(一) 引用発明の要旨中の「冷却帯末端」の解釈について

成立に争いのない甲第四号証(引用特許公報)によれば、引用発明の明細書には、「冷却帯末端」がどこを指すかについての記載がないばかりでなく、審決のいう「凝固帯」の語もなく、そこで使用されている「冷却帯」の説明すらないことが認められる。したがつて、「冷却帯末端」がどこを指すかについては、主としてその語の当該技術分野における通常の意味、技術常識から判断する外はない。

(1) 「冷却」とは、熱を放射し、温度が低下することを意味していることは明らかであり、また「帯」とは区域を意味しているから、「冷却帯」とは、熱を放射し、温度が低下している区域ということができる。したがつて、「冷却帯末端」とは、熱を放射し、温度が低下している区域の最終端の部位ということになる。

(2) ところで、引用発明におけるように、長い棒状の金属素材について、これをその端部から順次加熱装置を通し、強制冷却を加えることなく移動させる場合を考えるに、加熱装置を出た素材の端部は、加熱装置から離れるに従つて熱を放射し、その温度を低下して行く。この場合、素材の端部が雰囲気の温度と同一になる点(以下「(a)点」という。)に達するまでは、加熱を受けた素材の部分全体が冷却を受けていることになるから、「冷却帯」とは、加熱装置の出口から素材の端部までであり、「冷却帯末端」とは、素材の端部を指すことになる。したがつて、引用発明で強制冷却を受けるのは、素材の端部ということになる。そして、この素材の端部が強制冷却されれば、素材の端部の温度は低下し、必然的に素材中には、自然冷却によるよりも大なる温度勾配が得られることになる。

なお、前記の場合において、更に素材を強制冷却を加えることなく移動させて行くと、素材の端部は雰囲気の温度と同一になり、更に素材を移動させても、もはや、素材の端部は熱を放射することなく、雰囲気温度を保つことになる。この場合、素材は、加熱装置の出口から素材が雰囲気の温度と同一になつて、もはや冷却しなくなる位置、すなわち、(a)点までの間が冷却を受けていることになるから、「冷却帯」とは、加熱装置の出口から(a)点までの区域となり、冷却帯の末端は(a)点ということになるであろうが、引用発明において、「冷却帯末端」とは、指向性凝固をさせるための強制冷却の位置を示すものであることを考えると、(a)点を強制冷却しても指向性凝固は得られないことは明らかであり、また、素材の溶融時の温度はすこぶる高温 (前掲甲第四号証によれば、摂氏一二五〇度ないし一三〇〇度であることが認められる。)であるので、素材が自然冷却により(a)点(雰囲気温度)に達するには、素材はきわめて長い長さを移行しなければならず、実際上そのような長い素材を使用するとも考えられないから、引用発明における「冷却帯末端」がこの(a)点を指すものではないと解せられる。

また、加熱装置に入る前の素材部分も加熱装置からの伝導熱により加熱されることになるので、この部分にも、熱を放射し温度が低下している区域、すなわち、「冷却帯域」というべきものが考えられ、したがつて、その末端として「冷却帯域の末端」ともいうべき点が存在するが、引用発明における「冷却帯末端」の語句がここを指すものでないことは、審決が説示し原告も争わない引用発明の技術的課題などからみて、明らかである。

(3) また、加熱装置から出た素材を強制冷却した場合のいわば冷却帯域の末端も考えうるが、引用発明における冷却帯末端とは、強制冷却をする位置を定めようとするものであるから、この強制冷却した場合の冷却帯域の末端が引用発明の冷却帯末端を指しているとは考えられない(強制冷却をした場合の冷却帯域とは、強制冷却を受けている区域を指すと考えるのが至当であり、その末端とは、強制冷却装置の出口ということになる。)。

(4) 審決は、引用発明の「冷却帯」は、「コイルによる溶融部分、すなわち、溶融帯にある部分が素材又はコイルの移動によりコイルから相対的に離れて自然冷却によつて凝固するまで移行しつつあるところの、ある一定幅の区域に相当」し、「冷却帯末端」とは、「この一定幅の区域の末端、すなわち、初期凝固が開始する直前の箇所」であるとしているが、自然冷却によつて冷却を受けるのは、凝固するまでではなく、凝固した後においても冷却されるものであるし、また、「冷却帯」が審決説示のとおりの部位を意味するとする一般的技術常識が存することを認めるに足りる証拠はない。

(5) 被告は、引用発明はその明細書に磁石の末端を冷却する公知の方法を排除する新規な方法として記載されていると主張し、前掲甲第四号証によれば、引用発明の明細書には、先行技術として「溶融合金が凝固するに際し、磁石体の両端を他の部分より一層冷却し、いわゆる指向性凝固を施し柱状晶集合組織を得る方法」の説明があり、また、この方法について種々の改良が試みられている旨記載されていることが認められる。

しかしながら、前掲甲第四号証によつても、この先行技術における冷却の具体的手段は明らかではないから、引用発明が先行技術のどのような点を改良しているのかは明らかでなく、また、先行技術は磁石体の両端を冷却するというのに対し、引用発明は磁石体の一端を冷却するものであり、その両端を冷却するものではない点において既に異なつているのであり、明細書に前記先行技術の記載があるというだけでは、引用発明が素材の一端を強制冷却することまでも排除しているということはできない。そして、素材の一端を強制冷却した場合にも、素材を通して冷却の効果が及び、温度勾配が大となるとともに、素材中の熱の流れも素材の軸線に沿うことになる。引用発明の明細書に強制冷却方法の一実施例として水冷銅が示されていることは当事者間に争いがないが、素材端部ではなく、素材の途中を水冷銅で取囲んだ場合には、熱は水冷銅の方向、すなわち、素材の軸線に対し直角の方向の熱の流れも生ずることになり、軸線方向の熱の流れだけではなくなつてしまう(なお、指向性凝固につき、前掲甲第四号証一頁右欄六~二五行参照。)。したがつて、被告の前記主張は理由がない。

(6) また、被告は、金属熱処理の技術分野において、加熱部分と冷却部分が一定距離の関係にあるのが最も普通である旨主張し、成立に争いのない乙第一号証、第二、第三号証の各一ないし三及び第四号証の一、二によれば、右事実を認めることができるが、引用発明のような磁気的異方性永久磁石合金の製造法においても加熱部分と冷却部分とを一定の距離に保つことが基礎的な技術となつていることまでも認めるに足りる証拠はない。もつとも、被告は、引用発明において一実施例として示されている水冷銅とは、内部に冷却水が流れるようにした管又は槽から成り、その真中に被冷却対象が冷却されながら移動できる通路を設けてある装置であることが最も一般的かつ常識的である旨主張し、前記乙第四号証の一、二並びに成立に争いのない乙第八号証の一ないし三、五及び第九号証によれば、そのような冷却手段が存在することが認められるが、冷却にあたりどのような水冷銅を用いるべきかは、その冷却をどのようにするかによつて決めるべきことであつて、ただ、水冷銅に被告主張のようなものが存在するからといつて、引用発明における冷却がそのような水冷銅を用いているとは直ちにいえない。

(7) 被告は、引用発明において、大なる温度勾配はその方法の実施期間を通じて同一水準に保持されるべきものであると主張するが、前掲甲第四号証によれば、引用発明の明細書には温度勾配を同一水準に保持することについては何も記載されていないことが認められ、また、素材の末端を強制冷却しても大なる温度勾配が得られることは前記(2)で述べたとおりであり、それのみでは強制冷却の目的が達せられないとも解されないから、温度勾配を同一水準に保つ必要があるとの被告の右主張は採用できない。

(8) 被告は、既に凝固してしまつた部分を冷却するのでは、その効果が得られないと主張するが、凝固したところを冷却しても、熱伝導により、冷却の作用は溶融部にまで及び、指向性凝固をさせることはできるから、被告の右主張は採用できない。

(9) 以上を併せ考究すると、引用発明における「冷却帯末端」とは、結局、素材の端部を意味していると解するのが相当である。そうすると、その素材の端部は移動するものであるから、加熱装置(コイル)と冷却帯末端との距離は一定ではない。

(二) 本件発明と引用発明との対比について

(1) 本件発明においては、強制冷却位置について、加熱帯より一定距離の部分と規定していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の二(本件特許公報)によれば、明細書の発明の詳細な説明の項に「本発明は、かかる多様な結晶を合金の溶解時と同様な状態に復元し、多方向の結晶を滅失して自由自在な半溶解状態とし、直ちに急冷して或る一定方向に揃つた結晶にならび換える」(一頁右欄六~九行)と一般的な説明があり、また「hはコイル2と冷却水面間の高さである。……hを約一〇mmとし……コイル2中に入つた磁石1は急激に温度が上昇し、約一四五〇度C程度の半溶解状態となる。そしてそのまま冷却水中に徐徐に入つて行く。この時はコイル2の中心より上下の幅で一五~一八mmが多結晶状態を完全に失つて高温度の半溶解状態となる。」(一頁右欄三六行~二頁左欄二行)と具体的に説明されており、一定距離とはどこをいうのか明確にされ、容易に実施することができるように記載されていることが認められる。ただ、一定距離を数字的ないしは数式的に特定してはいない。しかしながら、それは、本件発明においては、一定距離を数字的ないし数式的に特定する点に発明の特徴があるのではなく、強制冷却位置を加熱帯より一定距離のところとする点に発明の特徴があることを示しているものである(数字的ないしは数式的に特定することは、素材の材質、大きさ、加熱条件、素材の移動速度等種々の条件を勘案してはじめて決定しうることである。)。

(2) 引用発明の強制冷却をすべき位置は(一)で述べたとおりであるから、引用発明では、磁石合金素材の末端を強制冷却することとし、加熱コイルで素材を帯状に溶融し、加熱コイル又は磁石素材を移動させ、前記帯状に溶融した部分を強制冷却している素材の端部から離れていくように移動させているといえる。すなわち、引用発明では、加熱コイルと強制冷却の手段の間の距離は一定ではなく、変化していくものである。

したがつて、審決が「本件発明と引用発明とが加熱帯域より一定距離の部分の素材を強制冷却することにより……技術思想を同じくする。」とした判断は誤りである。

(三) 本件発明と引用発明との同一性について

以上のとおりであつて、両発明は強制冷却の部位を異にし、しかも、この点についての作用効果に何ら差異がないとの説明も立証もない本件においては、その余の点について判断するまでもなく、本件発明と引用発明とは同一の発明でないというのが相当であり、両者が同一の発明であるとし、これを前提に本件特許が特許法第三九条第一項の規定に違反し同法第一二三条第一項第一号の規定により無効とされるべきものであるとした本件審決は、違法であり、取消を免れない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

永久磁石合金素材を非磁性容器内に入れ、これを大気中において高周波誘導磁界中に順次挿入し、原結晶を破壊して再結晶組織を生ずる程度に加熱した後、この加熱帯より一定距離の部分を冷却液によつて強制冷却して、再結晶組織を一定方向に揃えるとともに磁気的異方性を付与せしめたことを特徴とする、結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造方法

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